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柏聖アンデレ教会のホームページにようこそ

わたしたちの教会は、1991年5月に設立されました。 立教大学聖路加国際病院とつながりのある日本聖公会という キリスト教会の教派に属しています。礼拝は毎週日曜日午前10時30分から行います。

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説教 復活節第4主日 ヨハネ 10:22-30        22年5月8日
司祭ラファエル宮﨑 仁


+父と子と聖霊のみ名によって アーメン


本日は「ユダヤ人、イエスを拒絶する」前半部分の箇所が与えられました。
マカバイ記には、神殿奉献記念祭について記されています。
神殿奉献記念祭とは、異教徒である異邦人によって奪われ破壊されたエルサレム神殿を戦いによって奪還し、汚れを清め改めて神にささげる奉献をしたことを記念する祭りのことです。
「シリアの王であるアンティオコスは、大軍隊を率いてエジプトを打ち破り、エルサレムの神殿から聖所の金銀の祭具や宝物などを奪い、ユダヤ民族を殺戮し、2年後にも同じようなことを行いました。
アンティオコス王は支配下の全域の人々が一つの民族となるよう、それぞれの慣習を捨てるようにと勅令を出しました。ユダヤ教徒にとっては律法と掟を捨て偶像を拝み安息日を汚せという内容でした。従わない者は探し出し見つけられことごとく死刑にされました。
ユダヤ民族の祭司マタティアと子どもたちは、先祖の契約を守り律法と掟に従い王には従わないと宣言し、戦いを始めました。後に志を同じくする者たちが集まり共に戦いました。律法の定めを固く守れと言うマタティアの遺言を胸に、息子のマカバイは軍を指揮して立って敵と戦いました。マカバイたちは、律法に従わない者たちを捜し出して追いつめ、民を混乱させる者たちを、焼き殺しました。マカバイは、戦いの勝利とは天の力によるもののみだとの確信の中で戦い少人数で大軍を打ち破りました。マカバイは同胞を絶望の淵から奮い立たせ、民と聖所のために戦いました。神に慈悲と憐れみを求め祈りの集会を開きました。武具を着け、勇気を出し、万事は天の御旨のままだと戦いました。
マカバイは数々の戦いで敵を粉砕し勝利し、エルサレムで聖所を清め新たに奉献という神にささげることをしました。
異教徒に汚された祭壇を引き倒し、律法に従って新しい祭壇を築き、聖所および神殿の内部を修復し、燭台、香壇、供えのパンの机を神殿に運び入れ、垂れ幕を垂らしました。
焼き尽くすささげもののための新しい祭壇の上に律法に従って生贄を備え、異教徒が祭壇を汚した同じ日同じ時に、歌と琴、竪琴とシンバルに合わせて、祭壇を新たに奉献しました。民は皆、地に顔を伏せて拝み、民を正しく導いてくださった方を天に向かってたたえ八日にわたって祝い喜びをもっていけにえを屠りました。神殿の正面を黄金の冠と小楯で飾り、門と祭司部屋を再建し、戸を取り付けました。民の間には大きな喜びがあふれました。異邦人から受けた恥辱は取り除かれました。イスラエルの全会衆は祭壇奉献の日を毎年同じ時期に八日間喜びと楽しみをもって祝うことにしました。」
古いイスラエルの民であり神の子とされたユダヤ民族は、山でモーセに神が顕れ十戒を授けてくださったことや、幕屋の時代を経て、ソロモン王の時に神殿を奉献しました。ソロモンは神殿奉献の際に「わたしたちの神、主は先祖と共にいてくださった。またわたしたちと共にいてくださるように、わたしたちを見捨てることも、見放すこともなさらないように。わたしたちの心を主に向けさせて、わたしたちをそのすべての道に従って歩ませ、先祖にお授けになった戒めと掟と法を守らせてくださるように」と祝福しました。
バビロン捕囚の際には神殿は破壊され祭具類は奪われました。キュロスによる解放を受けユダヤ民族はエルサレムに戻り神殿を再建し奉献を行いました。その後にアンティオコス王による破壊と略奪から奪還し奉献されたことを祝うのが今日の神殿奉献記念祭です。
ユダヤ民族にとって命であるのが、神殿や律法や掟であり、安息日を守ることです。破壊され汚されることは体を引き裂かれ命をもぎとられるほどの絶望です。
安息日を守ることは神から命じられた十戒の一つです。マカバイ記には、安息日にわざと戦いを仕掛けてきた敵に対して、武器をとり闘うことは安息日を汚すことであるから、戦わず潔く死ぬことを選び、男女子どもなど千人が殺されたと記されています。
安息日を破ることは神への裏切りです。人間が自分を神の子であると言うことは、天の神以外を神とする偶像礼拝を行うことであり神への冒涜です。それらは死に値する罪です。
ヨハネによる福音書のはじめから今日のところまで読んでくると、イエス様の言葉と行いがとても重大なものであることが分かります。
ことごとく安息日の規定を破るイエス様は、いつ殺されてもおかしくないほど、危険なやりとりをユダヤ教指導者たちと重ねています。エルサレムに何度も入り、危険な行動を行います。
ユダヤ教徒にとって、最も重要な十戒の一つである安息日を破ることは、神への裏切りです。神が人間にご自身を現わされたときに宣言された「わたしはある」をイエス様は宣言されます。ご自分が神と同じ存在であること、ご自分を父なる神と一つであるとか、父なる神から遣わされたとか、神の子であるとか、ご自身は天から降って来た命のパンであり。それを食べる者は永遠の命に生きるとか、ご自身の肉と血を飲み永遠の命に生きよとか、神の子を見て信じる者は永遠の命を得るとか、ご自身の言葉を聞いてご自身を遣わされた父なる神を信じる者は永遠の命を得るなどを述べられます。
ユダヤ教徒たちのイエス様への憎しみは大変強く大きなものとなっていきます。そのような中で、イエス様自身がメシアだと言えばすぐにでも殺そうと人々はイエス様に迫りました。
そのような中でイエス様は、「これまで、父なる神の名によって行った業によって証しをしても、いろいろと言ってきても信じない。わたしを救い主であり神の子であり神の言であると信じて従う者がわたしの羊であるが、あなたがたはそうではない。わたしの羊はわたしの声を聞き分け、お互いに知りあうという関係の中に入る。」と仰います。イエス様は、ご自分を信じ従う者たちに永遠の命を与え、滅びず、奪われることはありません。イエス様と父なる神は一つです。
イエス様は、これまでカナで役人の息子を癒したり、ベトザタの池で病人を癒されました。
イエス様は、人々に「父が、死んだ者を復活させて命をお与えになるように、子も与えたいと思う者に命を与える。父なる神は誰をも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためだ。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。神がお遣わしになった者を信じることは神の業であること、わたしの父が天からのまことのパンであり命である私をお与えになられた。神のパンは、天から降って来て、世に命を与える。わたしのもとに来る者は飢えることがなく、信じる者は渇くことがない。わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」と仰いました。イエス様は弟子たちに、「命を与えるのは“霊”である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である」と仰いました。
イエス様を神の言であり神の子であり救い主として信じ従う者に永遠の命が与えられました。永遠の命に生かされる者はイエス様の羊です。
イエス様の羊とされ永遠の命に生かされていることを改めて覚えましょう。

説教 復活前主日 ルカ 23:1-49           22年4月10日

司祭ラファエル宮﨑 仁

+父と子と聖霊のみ名によって アーメン

本日は、「ピラトから尋問される」「ヘロデから尋問される」「死刑の判決を受ける」「十字架につけられる」「イエスの死」の箇所が与えられました。

イエス様はオリーブ山でひざまづいて「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行(おこな)ってください」と祈られました。イエス様は、イスカリオテのユダの裏切りと押し寄せてきたユダヤ教指導者たちによって捕縛されました。イエス様は大祭司の家に連れて行かれました。イエス様が以前仰っていたようにペトロは3度イエス様を知らないと言い激しく泣きました。イエス様は見張りの者たちに侮辱され暴行を受けました。夜が明けるとユダヤ教指導者たちは、イエス様を最高法院で裁判にかけました。そして、今日の箇所になります。

イエス様を捕まえ訴え殺す者たちの言動は一貫しています。皆、己のために行動し、己の地位や生活を守るために行動します。反対にイエス様はご自分のために生きることを一切捨てて、神のために、自分以外の他者のために行動します。ユダヤ教指導者たちは、自分たちを脅かす存在であり、よけいなことを言う目障りな者であり、邪魔者であるイエス様を侮辱して排除して殺して捨てて己を満足させます。ユダヤ教指導者たちは、悔い改めず、己のためや自分たちのために生きており、主なる父なる神への信仰から離れた破滅へ進みます。

ユダヤ教指導者たちは、イエス様がユダヤ民族を惑わしたとか、この世の王としてのメシアだと言っているとか、民衆を扇動しているなどと主張します。ヘロデや兵士たちは、イエス様をあざけり、侮辱しました。ピラトは罪の無いイエス様を釈放しようとします。ユダヤ教指導者たちは、罪のないイエス様を罪ある者として死刑にして殺そうとします。ユダヤ教指導者たちは暴動と殺人をした罪ある者で本来死刑にされるバラバの釈放を要求し実現させました。ピラトは、正当な裁判を開かず、無理難題の要求の大きな声である人間に屈しました。

ユダヤ教指導者たちの都合で無罪のイエス様は十字架にあげられます。キレネ人のシモンの行動は、イエス様を救い主として信じる者が同じようにしなければならないことを示しています。

イエス様は、ご自身の死がすぐそこにある中で、ご自分を十字架につける者たちのために祈ります。イエス様は、選ばれた者であるなら自分を救うようにと議員たちから嘲笑(あざわら)われます。イエス様は神の救いの実現のために神に選ばれた者ですから己のためには生きず神のために人のために生きて死にます。イエス様は、兵士たちから、自分を救うようにと侮辱されます。イエス様の隣でイエス様と同じように十字架に上げられた犯罪人は、メシアなら、自分を救えとイエス様をののしります。もう一人の犯罪人は、自分の罪を認め悔い改め、己を殺す人を恐れないで、被造物の生と死を司る宇宙を創られた神を恐れて、死を受け入れ、救い主であるイエス様に自らを委ねることを告白しました。イエス様はご自身の死の間際であってもご自分を侮辱し殺してくる人のために祈り、悔い改める人を救いました。

イエス様は死に際しても、主なる父なる神に服従し、ご自分の霊を委ねました。古い神の子であるイスラエル民族は神との救いの契約である信仰に入ったにもかかわらず、神を忘れ服従し続けることから離れ脱落しました。神はご自分に服従することはどういうことかを、神の言であり神の子であるイエス様の生涯を通して明らかにされました。信仰に生きる者はイエス様と同じように神に服従し続けなければなりませんし、生涯を通して言葉と行いでイエス様を証言していかなければなりません。これらは洗礼を受けた全ての者にとって喜びの義務です。イエス様の十字架の死である神に服従して死ぬことに改めて心を寄せましょう。

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12月5日メッセージ

ルカ3:1-6
                 父と子と聖霊の御名によって アーメン
 「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道をまっすぐにせよ』」と福音は語っています。
今日は、何故、神の言が荒れ野に降ったのか、そのことについて思いを深めてみたいと存じます。

 今日の福音を注意深く読んでみますと、始めに、さまざまな人物の名前が出て来ることに気づきます。
 皇帝ティベリウス、ポンティオ・ピラト、ヘロデ、フィリポ、リサニア、アンナス、カイアファ。これらの人物は、当時の社会において、所謂地位ある人々とされています。
 
 ルカ福音者は、あえてこれらの人々が総督、領主、大祭司である時に、神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに下った、と記しています。それは皇帝ティベリウスの時でした。
 
 しかしながら神の言は、ローマの皇帝ティベリウスやエルサレムの大祭司カイアファには降りません。神のことばは、社会的に地位なき者である洗礼者ヨハネに降るのです。
そして都市部でなく荒れ野に、神のことばは降ったのです。

 この「荒れ野」と訳される言葉、「エレームス」は、聖書の他の箇所にも出てまいります。それは、「人里離れた所」と訳された部分です。
 主イエスは、しばしば祈るために、一人で「人里離れた所」へと退かれました。その「人里離れた所」と訳された言葉の原語は「エレームス」であり、「荒れ野」と訳すことが出来ます。

 主イエスは祈る為に荒れ野へ赴かれました。そこで神の言が降るのです。荒れ野とは聖書において、神と出会う場所なのです。
 
 12月に入り、町を歩くと所謂クリスマス音楽が流れ、町も華やいでいます。花屋やスーパーもクリスマスの飾り付けをしています。どこか心楽しい季節です。しかし、少し立ち止まって考えてみるなら、果してここに、本当にキリストが降誕されるのか、という疑いが生まれます。

 聖書の告げるキリスト降誕の記述とは、宿に泊めてもらえなかったマリアが子供を産み、飼い葉桶に寝かせたという、大変に素朴で貧しいものです。悪臭のする馬小屋に、神のみ子は寝かされました。

 その飾りようもない無い貧しさの中で、キリストが降誕されたこと。あえて神は馬小屋を選ばれたということ、そこにこそ、秘められたクリスマスの喜びがあるのではないでしょうか。

 自らを飾ることの無い姿、赤ちゃんという無抵抗の姿こそが、神の子の姿でした。しかしその姿が王であり権威だと、福音は告げたのです。

 物質的な豊かさが、人の心を蝕む憂いは大きいものです。
 文明は自然の猛威から人を守ることが出来ました。しかし今、新型コロナウイルスの逆襲を受けています
 文明を厚着した私たちは、生活の全てを人間の力によって制御できると思ってしまったのです。そこにキリストが降誕される余地は、ありません。

 キリストは、華やかな、欲望が渦巻く人間社会には降誕されません。神の言は荒れ野において、無名とも言えるヨハネに降るのです。

 この降臨節に、キリストは自らが降誕する場所を探しています。私たちは、キリスト降誕の場所を空けておかなければなりません。

私たちがもし自らを飾り立て、物質的な豊かさや、社会的地位へ執着したなら
ば、キリスト降誕の場所をふさいでしまうのです。

しかし私たちがキリストの道を見つけるのは、難しいことかもしれません。

ビートルズは「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」(長く、曲がりくねった道)において「あなたはボクをここに佇ませたまま とっくの昔に去って行った。もうここで待ちぼうけなんてたくさんだ。あなたが待つ門へ行きたいんだ。」と歌います。

「あなたが待つ門へ行きたい」、そのように思う私たちがなすべきことは何なのでしょうか。想いを深めたいと思います。

11月7日

                            マルコ12:38―44

                 父と子と聖霊の御名によって アーメン

 「この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れた」このように主イエスは語り、一人の貧しいやもめの献金をたたえております

 

 この「やもめの献金」は「貧者の一灯」とも言われます。貧者の一灯とは、仏教の故事で、長者が供えた一万もの燭台よりも、貧者が供えた一灯の方が、お釈迦様を思う気持ちが優れているというものです。

しかしこのやもめの献金の譬えは、「金額の多寡に関わらず気持ちが大切だ」という意味なのでしょうか。

「やもめ」について主イエスは、「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。」と語ります。その流れを受けての「やもめの献金」なのです。


 この当時「献金箱」という言葉は、「財産」と「見る」という二つの言葉が合成されたものです。つまり「献金箱」とは財産を見る箱、どれだけ財産があるかを見る箱なのです。

当時の献金箱は投入口がラッパ状になっていて、そのラッパに貨幣を投げ入れる仕組みでした。投げ入れられた貨幣の音で、献金額の多寡がある程度分かる仕組みだったのです。

恐らくは、この神殿の庭で行われていた献金は、誰がどれだけ大きな音を鳴らしたか、誰がどれだけ献金したか、を競い合う場所になっていたのでしょう。 

主は献金をする人々の様子をみて、やもめには見栄がなく、神様への完全な信仰を見たのです。そのことに驚嘆し、「彼女が一番神様の前に献金をした」と宣言されたのです。

神殿は腐敗しきっていたかもしれません。しかし彼女は神殿が腐敗、堕落しているから献げ物をしない、とは考えませんでした。腐った神殿であっても、純粋な信仰を持ち続ける彼女を見て、主イエスは弟子たちに、やもめの献金を讃えたのです。

「教会では彼女のような全き信仰をもった人間が隅に追いやられるようなことがあってはならない。弱者の声を神は聞き逃さない。弟子たちよ、あなた方も、弱者に注ぐ目と傾ける耳を失ってはならない」という主の願いが、ここで述べられています。

 申命記は、「主があなたがたを選ばれたのは、どの国民よりも数が多かったからではなく、もっとも数の少ないものであったからだ」と語ります。

この世において、やもめのような小さなものを神が選ばれたこと、そこに、神の意志が示されているのです。

 小さいことは意味のあることです。いと小さき者の中に大切なものが宿ることを、わたしたちは信じています。

 わたしたちもまた小さな者です。その小さな自分を神に返していくことが、わたしたちの地上の人生です。

 人生を終える時、身軽になって天に昇れるようにしたいものです。お金で重くなって天国に昇れなくなってはいけません。

 シモーヌ・ヴェイユというフランスの思想家は、「神が私に存在を与えてくれたのは、私がそれを神に返すため」だと語っています。

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柏聖アンデレ教会2021年度 年句

「疲れたもの、重荷を負うものは、だれでもわたしのもとに来なさい。」マタイによる福音書 第11章28節

小さな教会ですが、家庭的な温かい雰囲気に包まれています。教会の周りはお花で埋め尽くされています。

このホームページでは、柏聖アンデレ教会の紹介と礼拝・集会・イベントのご案内をしています。是非、気軽にご参加ください。

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日本聖公会

1859年(安政6年)米国聖公会から派遣されたリギンス、ウイリアム両師が、キリスト教禁制下の長崎に上陸することにおいて聖公会の宣教がはじめられましたが、実際の公会(教会)活動の開始には、ウイリアムス師は7年間の「困難と忍耐と沈黙」のときを過ごさなければなりませんでした。次いで、英国聖公会宣教協会(CMS)および英国聖公会福音宣布協会(SPG)からの宣教師の来日があり、三つの団体はそれぞれに働いていました。

初代の日本主教ウイリアム師父は英国からのピカステス主教と相語り、1887年(明治20年)2月11日、大阪にて第1回の総会を開き、「日本聖公会」という名称のもとに、一つの「法憲法規」・「祈祷書」を制定し、公同の教会ならびに礼拝を成立させたのです。ここに「日本聖公会」が誕生しました。

日本聖公会は、現在、北海道から沖縄までを11のブロック(教区と呼んでいます)に分け、319の教会を有し、約57000人の信徒がいる教会です。

立教大学、立教女学院、聖ルカ病院、香蘭女学校、エリザベス・サンダース・ホーム、清里の清泉寮などは聖公会の関係学校、施設です。

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〒270-1167 我孫子市台田3丁目3-8
日本聖公会 横浜教区 柏聖アンデレ教会
Tel & Fax 04-7184-4230

教区主教 主教 イグナシオ入江修

管理牧師 司祭   バルナバ 大野 清夫